Jacques Piccard dies.  
 
1922年、ジャック・ピカールはオーガスタ・ピカール(写真参照)の息子としてブリュッセルに生まれた。オーガスタ・ピカールは、1943年「レッド・ラッカムの宝」でのビーカー教授を創作するにあたってエルジェに影響を与えた人物である。

スイスの発明家オーガスタ・ピカール。
彼はブリュッセル大学の物理学の教授であったが、実は気球を成層圏へ到達させた最初の人物として、また、大海に深く飛び込むバチスカーフ(深海用潜水艦)の発明家として知られている。1960年、米国海軍ドン・ウォルシュ大尉とジャック・ピカールは10,916メートルまで潜水し、最も深い海域に到達したという記録を打ち立てた。

アドリア海北東のトリエステから潜水艦で入り、マリアナ海溝(世界最大の深度11033m)の底部まで潜水し、グアム、南太平洋に帰還した。
深海に生物が生存しているという彼らの発見は、核兵器の大洋への廃棄禁止を導いた。

数年後、ピカールはある冒険を試みる。
ローザンヌでの“Expo 64”の会場で、自身発明のメソスカーフ166トン(中深海潜水艇)で、33,000人の観客をジュネーブ湖60mの深さまで運んだのだ。

彼は資源などの保護論者でもあり、1970年代には、海洋と湖の研究と保護を目的とした財団を設立、汚染の危険性と魚類の乱獲についての警告を始めた。

彼はルーバン大学より名誉博士号を受けた。(同大学敷地内に、2009年5月エルジェ・ミュージアム開館予定)